概要

商号スケルトニクス株式会社
(Skeletonics Inc.)
代表取締役阿嘉 倫大
設立2013年10月
主たる顧客株式会社エヌエイチケイエンタープライズ
ハウステンボス株式会社
ドバイ首長国首相オフィス
電話番号050-3486-9802
メールアドレスinfo@skeletonics.com
所在地〒192-0154
東京都八王子市下恩方町1100−16
※扉が閉まっておりますのでインターホンでお呼び下さい.
アクセス■バスでお越しの方
・JR線高尾駅,京王線高尾駅からの場合
便: 霊園11 約25分7駅 高尾駅北口(バス停)→川原宿大橋(バス停)
便: 霊園22 約25分8駅 高尾駅北口(バス停)→恩方上宿(バス停)
便: 霊園32 約25分8駅 高尾駅北口(バス停)→川原宿(バス停)
■お車でお越しの方
駐車場一台分ございます.
東京都八王子市下恩方町1100−16

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沿革

2008/11 :第21回高専ロボコン全国大会優勝
2010/08 :チームスケルトニクス結成
2011/02 :スケルトニクス完成,動画公開,世界で初めて動作を拡大する搭乗型外骨格の開発に成功
2012/01 :エグゾネクスプロジェクト始動
2012/04 :活動拠点を沖縄から東京に移動
2013/09 :2013年度未踏IT人材発掘・育成事業採択(代表白久)
2013/10 :2013年度グッドデザイン賞受賞
2013/10 :クリーングリーンフォーラムジャパンDay ピッチプレゼン最優秀賞
2013/10 :第9期東京大学アントレプレナー道場「ビジネス部門」優秀賞
2013/10 :スケルトニクス株式会社設立
2013/12 :Todai to Texas Demo Day 優勝
2013/12 :東京都八王子市大和田にて外骨格保管倉庫の使用を開始
2013/12 :第17回文化庁メディア芸術祭 審査委員会推薦
2014/03 :アメリカ テキサス州 オースティンにてスケルトニクスを披露(SXSW)
2014/04 :東京都八王子市中野上町にて事務所兼作業場の使用を開始
2014/05 :ハウステンボスに第四世代スケルトニクス・プラクティスを販売
2014/06 :NTT東日本さんのCMでギガスーツのデザイン製作に協力
2014/07 :シンガポールにてスケルトニクスを披露(Makers Block)
2014/09 :オーストリア リンツにてスケルトニクスを披露(ARS ELECTRONICA 2014)
2014/09 :経済産業省 コンテンツ技術イノベーション促進事業「Innovative Technologies 2014」受賞
2014/09 :2013年度未踏IT人材発掘・育成事業スーパークリエータ認定(代表白久)
2014/12 :『第65回紅白歌合戦』に出演された「氷川きよし」様の舞台で演出協力
2015/02 :ドバイにてスケルトニクスを披露(Government Summit)
2015/02 :ドバイ首長国首相オフィスに第五世代スケルトニクス・アライブを販売
2015/03 :東京都八王子市下恩方に事務所移転

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ミッション

「新技術普及の引き金になる.」

技術的には可能だが,企業内の諸事情や法律の整備が間に合っていない等の理由で,まだ普及に至っていないモノがあります.
少人数の技術者集団で動けるプロトタイプモデルを製作し,社会に有用である技術だということを提示できる存在を目指しております.
動作可変型スーツ「エグゾネクス」を完成させることを目標に活動しております.

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スケルトニクス株式会社が存在する理由

どうしてスケルトニクスを作っているのか?

よく聞かれる質問の一つです.
2014年10月,スケルトニクス株式会社設立から1年が経ちました.
代表白久がこれまでの経緯をここにまとめたいと思います.

■バックグラウンドは“高専ロボコン”
”少年の頃にロボットアニメを見てそれに憧れて巨大ロボットを作った.”というイメージを持たれる方が多いですが,実はそこまで昔から憧れていたわけではなく,単純にモノづくりが好きでした.
私がロボットに本格的に取り組んだのは中学3年生からです.中学時代は3年間,軟式テニス部に所属していました.副部長を務めて頑張っていたのですが,努力もむなしく中学最後の大会である中体連での1群での出場はかないませんでした.
テニス部でロボットに興味のある仲間と共にロボコン部を立ち上げることになります.当時テレビで観た「高専ロボコン」がきっかけでした.中学ロボコンに参加したのですが,大会ではあまりいい成績を残すことはできませんでした.
受験勉強に励み運よく国立沖縄工業高等専門学校に進学することができました.沖縄に高専ができたのも最近の話で,2期生として入学しました.もちろん高専ロボコンに参加することを決めます.
当時は沖縄が高専ロボコンで優勝するなんて夢のような話でした.先輩もいないし,詳しい人もいない.相手チームも沖縄が弱いことを知っている.対戦相手を決めるくじ引きで「沖縄高専」が出た瞬間にガッツポーズされる,そのくらいの弱小校だったのです.
過去20年開催されてきたロボコンの歴史の中に新人が飛び入った形でしたが,話すと長くなるので省略しますが,いろいろあって4年目にして2008年に全国優勝できました.19歳のときです.

■高専ロボコンが終わってつまらない日々...スケルトニクスプロジェクトのはじまり
高専ロボコンを引退し,進学のための学費を稼ぐためコンビニのバイトとかやっていたのですが,2010年8月頃,ロボコンをやっていた同級生の阿嘉から「なんかやりたい」って手紙が私ともう一人の友達の家に来ました.
「毎日がつまらない.一緒になんかやりたいけど,何をやりたいかは分からない」と.なんだこれって思ったのですがもちろんのりました.
最初はロボットじゃなくてもなんでもよかったのです.機械とか取り払って新しいことをしよう!と色々試しました.お金儲けやビジネスちっくなことをしてみようとか.でも慣れないことをやってうまくいかなかったですね.
最終的にはものづくりをやろうと.結局何かつくりたいよねって.原点に戻りました.ロボットを作ろうと.でっかいロボットができたらかっこいいだろうって.単純に楽しそうだと思いました.
しかし,この活動には大きく2つの制約条件がありました.学校の支援がないためお金がけけられないことと,メンバーの進学の関係で当初の活動期間を半年間に限定したことです.このとき21歳になっていました.

■高専ロボコン時代にCTO阿嘉が人体拡張の可能性に気付いていた
ではどうやってそれを実現するか?
この問題を解決したアイディアの原点は高専ロボコン時代にありました.私が優勝した2008年の高専ロボコンは競技課題が二足歩行ロボットをつくることでした.
そのときに,リンク機構をうまく使ってモーターの回転を歩行の軌跡に変え,さらに拡大させるという仕組みを考えました.それは股関節のあたりで小さいかまぼこ型の軌跡を作って,それを足全体に大きく投影させることで歩行させるという仕組みでした.
そのロボットはかまぼこ型の軌跡しか作れませんでしたが,人体は自由な軌跡を作れる.それをそのまま拡張できたら巨大なロボットが作れるんじゃないかという発想をロボコンメンバーの1人阿嘉が思いついたのが,スケルトニクスが生まれるきっかけです.
単純に人に対して拡大のリンクをとりつければ,巨大ロボットを作れるんじゃないかと.2倍くらいだったら負荷も2倍だし,ちょっと身体を鍛えれば動かせるんじゃないかって.
ただどんなに低コストといっても0円でできるわけではありません.資材を購入する必要がありました.校長先生が有望な技術やモノづくりと認めてくれれば,校長の裁量によって予算が出るという制度を教えてもらいそれにあたってみることにしました.
まずはごみ捨て場にあった廃材で“右腕”部分だけを試作.それを校長に見せて実際に動かしてみせるなどのプレゼンテーションをして,沖縄高専を地元にPRするという条件をつけて最初の資金を調達できた.
そこから先のことは特に考えていなかったのですが,人に見てもらうのもいいなと.2010年8月にプロジェクトは立ち上がったのですけど,2011年の3月前に何かしら動画の作品としてまとめてニコニコ動画にアップロードする,ということをゴールにしました.
未完成の状態から沖縄の地域イベントや科学作品展に出展していました.そして半年後に無事に完成し,2011年2月にニコニコ動画に投稿しました.今は削除されていますが,Youtubeに誰かが動画を転載したことで世界中からアクセスがあり,多くのコメントを頂きました.

■プロジェクトエグゾネクスの始動 進学と上京
予定通り一度プロジェクトを解散しましたが,私も阿嘉も次なるスケルトニクスを自然と作っていました.阿嘉が上半身の次世代モデルを東京で,私が沖縄で下半身の次世代モデルを作っていました.のちにそれぞれが合わさってスケルトニクス二号機となるものです.
転機があったのは阿嘉が年末に帰省した2011年12月のこと.「また作りたいよね,それに今度はもっとやべぇやつを.」自然とそうなりました.当初は3人の活動でしたが,ロボコンの後輩である中野も加わり,4人でエグゾネクス構想を打ち立てました.人型から車型に変形して自走できるスーツというものです.
スケルトニクスを作った時に,課題のひとつとして「持ち運びが大変」というのがありました.それなら変形して車になってくれたら運びやすいじゃん,という気軽な思いです.あとはやっぱりロボットといえば変形だとか,圧倒的パワーで走り回るものだとか,そういうシンプルなロマンを詰め込んだものがエグゾネクス構想です.
ただ,それを作るためにはお金が必要でした.当初は寄付のような形やグッズ販売での資金確保を考えていました.理想的なマシンを作るためにはもっと資金が必要で,それならスケルトニクスを売ればいいという考えにシフトしていきます.
ただ当時のスケルトニクスはまだまだ問題があり,特に搭乗時間の短さがネックでした.それを改善して売れるものにするために,スケルトニクスを改良してどんどん世代をアップデートしていくことになります.
2012年4月,私は専攻科から東大の大学院に進学したのですが,同じ時期に運よく幕張メッセで開催されたニコニコ超会議に招待され,スケルトニクスともに上京できました.23歳のときです.そのあとは修士研究を進めながらどうエグゾネクス開発を進めるか模索することになります.

■受託製作 法人化 スケルトニクスが株式会社である理由
当初は学生時代にエグゾネクスプロジェクトを終えようと思っていたのですが,開発プロジェクトは遅れていきました.2013年2月頃修士1年生でちょうど周りが就活し始めて自分はどうしようと考えていた時期.進路をどうするか迷っていました.3つの選択肢が頭に浮かびました.
1.企業に就職して週末にみんなで集まってエグゾネクスを作る
2.博士課程に進学して1人でエグゾネクスをテーマとした研究をする
3.起業してみんなで毎日エグゾネクスを作る
私は最後の選択肢を選びました.そしてみんなを誘いました.2人がのってくれました.でも確信がありませんでした.果たしてこれで生きていけるのか.
そこでスケルトニクスを株式会社にする条件を自分自身に与えることにしました.「売れるものを作れなければ起業はできない.」当時は商売なんて全くやったことは無かったのですが,半年後に無事に作ったものが売れました.
NHKの“どーもくん”というイメージキャラクターがいますが,そのロボット版である“ロボどーも”の実機開発に関わることができたのです.ロボットは2013年11月に開催された高専ロボコン全国大会の会場でお披露目されました.
ロボットのお披露目よりもちょっと先の2013年10月にスケルトニクスを法人化することになりました.24歳でした.

以上のような経緯があり,今の私たちがあります.
スケルトニクスを株式会社としてしっかりまわるようにすることで,日々少しずつ最終目標であるエグゾネクスの実現に近づいています.
私たちは必ずエグゾネクスを完成させます.

2014年12月
スケルトニクス株式会社
代表取締役CEO 白久レイエス樹